ステキに休日出勤をする方法

落ち着いた時期にはそれほど発生しませんが、繁忙期には仕事柄ほぼ毎週、休日出勤があります。私の休日はサラリーマンとしては一般的な土日。まだ皆が寝ているような時間に家を出ます。
休日出勤、というと非常にマイナスのイメージがありますが、実のところ、私はそれほど嫌ではありません。休日って通勤に使う電車や、街の雰囲気がどことなく違いませんか?いつもはスーツ姿の会社員さんがほとんどを占める車内に大きなキャスター付き鞄を握りしめた子供が乗っていたり(旅行に行くのかな?)、登山の格好をした熟年のご夫婦が乗っていたり(どの山に登るんだろう?)。特別感やワクワク感の満ちた休日の朝特有の空気があちらこちらに漂っている感じがします。私はそれが好きなのです。平日よりぐっと空いた車内、まったり席に腰掛けてそんな雰囲気を感じとりながら職場に向かうのは、なかなか悪くありません。
休日出勤の朝は必ず旅行関連本を持っていきます。車内で読むとちょっぴり旅気分が味わえますし、「この繁忙期が終わったら、ここに泊まるんだ!」などと考えながらページをめくることで、仕事へのモチベーションUPにも繋がります。ガイドブックより、旅のエッセイや旅漫画の方が体験談を読めるのでより面白いですよ。皆さんも休日出勤の朝、ぜひ試してみてくださいね!

ランチタイムの読書観察

皆さんの職場では、ランチってどうしていますか?社員食堂?近くのご飯どころで?それともお弁当?私の勤め先には残念なことに社員食堂がありません。ご飯どころもあまり多くないので、大体の社員がコンビニ等で買ってきたものや、家で作ってきたお弁当を食べています。ちなみに自分の部署は10人程度のメンバーで構成されていますが、私を含めなんと全員がお弁当!半数以上が女性だということもありますが、男性も皆お弁当です。愛しい奥様に作ってもらう方もいれば、毎朝自分で玄米を炊いてくる「弁当男子」まで様々です。
ランチの時間が重なれば、なんとなく皆で集まってお昼をとっていますが、たまにバラバラの昼食になると、各々の個性が見られてちょっと面白いです。例えば、小さなお嬢さんのいる男性(いつも三つ揃いでビシッと決めているので、あだ名は「紳士」です)は毎日愛妻弁当ですが、一人で食事をとる時は決まって本を相棒にしています。多読家で、いつ見ても違うものを読んでいますが、ジャンルは決まって「ミステリー小説」です。1番上のリーダーをしている女性は、器用なことにビーズアクセサリーの本と道具を広げながらのランチ。お弁当を食べながらブレスレットを編み上げたりしていて、感嘆します。
私はというと、エッセイをよみながら♪エッセイの少しマッタリした雰囲気が昼下がりに丁度良くてやみつきです!

姿勢の良い・悪い

姿勢の良い人、悪い人、歩くのが速い人、遅い人、癖のある人、そんな色々と同じように、本を読むスタイルにも色々あるよなあと思うのが、通勤電車の中です。混むのが嫌なので、いつもラッシュの時間は少し外して乗るようにしているのですが、それにしても東京の電車というのはいつも人がいるもの。はじめて見たときにはびっくりしました。それはさておき、朝の電車というのは、何となくいつもの顔の人ができてきます。そして人はたいてい、いつも同じことをします。携帯をいじる人、新聞を読む人、本を読む人、寝る人。私はたいてい本を読んでいることが多いのですが、たまに飽きてくると、人間観察をします。新聞を読んでいる人と本を読んでいる人は、その読み方のスタイルが見事に人それぞれでおもしろいです。同じような読み方をする人同士でも、やっぱり微妙なところで個人のスタイルというのがあるんですよね。読みにくくないかなあと思うような人もたまにいるのですが、そのスタイルで固まっちゃうとそうでもないのかもしれませんね。電車の中で読むというと、だいたい文庫本の人が多いのですが、あんなちっちゃなものでも、色々な読み方が生まれるものだと感心してします。かく言う私も、誰かに観察されているかもしれませんね。

タクシーにて

あら、こんなつもりじゃなかったのに…。
飲み会に参加して、珍しくて終電を乗り過ごすまで盛り上がり、カラオケなんかに行くことになったりしたけど、途中で電池が切れるようにスッと眠くなってきてしまたので、お先に失礼します。みんなに別れを告げてから、駅前のタクシー待ちの行列に並ぶ。私のように、「中途半端に残って途中で退散するくらいなら、終電ですし詰めになってでも帰ればよかった」と顔に書いてある人が何人か目につく。
10分ほど待ってからようやくタクシーに乗り込み、行き先を伝えて、通り過ぎて行く街の灯りを見つめながら、ひとつ溜め息をついた。私が思うに、今のは幸せが逃げるタイプのものではなく、どこか安心したときに溢れるタイプの、「わるくない溜め息」。
家に着くまでの間、バッグから読み途中の本を取り出して、しおりの場所に手をかける。
本を読むと、何故だろう…どんなときでも「自分」に戻れる。
この時間が、私にはとても大切。自分が自分らしくいるために、にぎやかな宴のあとも、また丁寧に日々を送るために、街の喧騒のなかでも、夢とか季節の色とか、素敵なことを忘れないように。
たった1ページ読み飛ばすだけで見失う物語のように、ありふれた毎日を一日一日、これからも大切にめくっていこう。

人はなぜ、恐怖にわざわざお金を支払うのか

先日、雑誌で「なぜ人はお金を出してまで恐怖を体験したがるのか」といったコラムを発見し、興味深く読んでしまいました。内容的には「恐怖を忌避する性質が強い人間が、対価を支払ってまでホラー映画やお化け屋敷を愉しむ理由を探る」といったものだったのですが、一通り読んでも「私には理解できそうにない」といった印象を受けました。私自身は特にホラー映画にもお化け屋敷にも興味がありませんが、「怖い本」には大いに惹かれることに気付きました。心理的に怖いと感じる本、男女の業が怖い本。もちろん怨霊や幽霊を取り上げた本。じわじわと恐怖感が迫ってくるようなサイコスリラーも、時にすごく読みたくなります。そういった事を考えると、私もしっかり対価を支払って、恐怖を体験しているわけですね。
でも、結局の所「どうして対価を支払ってまで恐怖を感じたいのか」という、根本的な謎については良く理解できないままです。これから本で怖さを感じる時には、ちょっと立ち止まって、その怖さを愉しんでいる自分を見つめ直してみたいなと思っています。

三度の食事より小説が好きならプロになれるかも

小説のプロになりたいということであれば、自分がどのくらい小説が好きなのかということを考えてみることも大事です。言ってしまえば、小説が好きというレベルの人というのは世の中にたくさんいるので、あくまでもちょっと好きで小説を書くことにもなんとなく興味がわいたというレベルなのか、それともそれを超えるかなりの好きなのかということは考えておいたほうがいいとおもいます。どのくらい好きならいいのかということは一概には言えないのですが、たとえば三度の食事よりも好きということであれば、それはかなり小説が好きということですから、プロを目指すほどの好きということが言えるのかもしれません。そのため、そのようなレベルなのであれば、今後も頑張ってプロを目指してもいいのではないでしょうか。小説というのはとにかくお金を稼ぐためというような思いだけでは乗り越えられないレベルの苦労などもありますので、本当に好きでないと仕事にはできないとおもいます。趣味で書いているのであればいいのでしょうが、それをプロとしての仕事にしていくということであれば、まったく違った話になっていきますので、そのあたりのことは考えた上で答えを出してみましょう。

野菜の玩具

五歳の娘は料理にとても興味を持っています。危ないので包丁などは持たせられないし、ガスも触らないで欲しいのに、私が台所仕事をしているとついて回って手伝おうとするのです。もう少し年を取ってくれればいいけれど、今は悪いけど邪魔なだけ。ほとほと困り果てて、娘に野菜を包丁で切る真似が出来る玩具を買ってあげることにしました。そうすれば台所仕事の邪魔までしなくなるかもしれません。
売り場で案内をしてくれるお姉さんにちょっと冗談ぽく困っている事を言ってみたら、お姉さんはニッコリ笑って「お母さんのご飯がおいしくて、作ってくれる事を嬉しく思っている子はおままごとが好きなんですよ。愛情を感じ取ってくれているんです」と言ってくれました。そこまで考えた事はなかったのでびっくりしました。玩具を買って家に帰って出してあげると、娘はもう大喜びして野菜を切る動作を繰り返し、私にも食べさせてくれました。ふりだけど。
私はそれほど料理が得意ではないし、結構、手抜きをするけれど、娘は何か感じ取ってくれているのでしょうか。娘のためにも好きな野菜のレシピをちょっと増やしてあまり手抜きをしないようにしようと思いました。おままごとを頑張る娘は可愛いです。これでお片付けも得意になってくれれば嬉しいのですが。

チャリティーコンサート

日曜日、歩いて郵便局に行く途中、ご近所の方に会い、挨拶して少し立ち話をしていると、『チャリティーコンサートの券が一枚余っているけど行く?』 券をいただきました。 大好きなバイオリンで奏者は憧れの有名人! 前から行きたかったコンサートでしたが日程的に迷っていたのです。仕事を早めに切り上げて直行してもぎりぎり、夕食の用意もあらかじめしていかなくちゃいけないし、超忙しい日だけど、前から一度聴きたいと思っていたので、ありがたくいただきました。
それはそれは、鳥肌が立つくらい素晴らしい演奏でした。バイオリンは300年まえのストラリバリウスだそうです。 チャリティーなのでほとんど知っている短い曲を選んでいましたが、バイオリンが様々な声色で歌い、最高技術の上に、高い精神性と、 チャリティーコンサートにに注ぐ深い想いが、一体となって素晴らしく心洗われる演奏でした。私は子供の頃からバイオリンが好きで、習ってみたかったのだけれど、縁がなかったのです。こうしてコンサートで憧れの世界を覗く事は人生の楽しみです。
一人でぎりぎりに滑り込んで、感動を分かち合う人がいなかったので、帰宅後、家人にどれだけ素晴らしかったといっぱい話すと、『本当、それは良かった』と機嫌良く聴いてくれて、それがまた嬉しかったです。

カレーを作っていて気付いた事

昨夜、夫が飲んでくるので夕飯は軽くでいいと言うので、じゃあそんな丁寧に作らなくていいやと、カレーを手抜きして作って出しました。夫は何も言わなかったけれど、何となくそのことを今朝言ったら「あっさりした味だった」と、味が違う事には気がついていたみたいです。やっぱり分かっちゃうんだなあ、と反省しました。
手抜きしたカレーはルーの箱通りの手順で作っただけ、つまり肉と野菜を炒めて煮てルーを入れるだけのカレーです。普段は、まず肉に塩と胡椒とハーブを叩いて寝かせ、その間にじゃがいもと人参を切って水につけてアク抜きをして、玉葱はレンジでチンした後飴色玉葱になるように時間をかけて炒め、その後、肉とじゃがいも達を炒めています。水を入れた後はじっくりあく抜きをして、チキンコンソメの元とトマトを入れ、煮立てて、その後ルーを入れて弱火で煮込んでいるのです。
今書いてみて、これだけの手間の違いが分からない夫は、ちょっと嫌だな……と思いました。ちゃんと分かってくれる夫でよかった。手抜きと丁寧にしていることの違いを分かってくれる人なのだから、料理だけじゃなく掃除や洗濯も手抜きしたりしないように、毎日を丁寧に送っていこうと思います。

山のこだぬき

遠い田舎の親戚の家に遊びに行った時の事です。夜、山の斜面の道を運転していたら、曲がり角、正面のフェンスの向こうに、小さく光るものが見えました。ビー玉みたいな丸い光です。「なにかいるよ!」と、後ろに乗っている子供に声をかけてしばらく車を止めて様子を見ていたら、小さなビー玉の光が二つになり三つになり、子供達と息をつめて見守りました。目をこらしてみると闇に目が慣れてきて、それは、小さな小さなたぬきの子供たちだと分かりました。小さいたぬきたちはどの子も興味津々の様子で、森と山道の境のフェンスの向こうからきょろきょろこちらをのぞいています。
可愛くて思わず声を上げてしまいました。中学校の娘はスマホを取り出して必死に写真を撮ろうとし始めました。小学校の息子も窓に鼻を押しつけて食い入るように見ています。ずっと見て居たかったけれど、後ろから車が来たので、そっと、車を発進させました。一時間後に、同じところを通ったけれど、もうそこには何もいませんでした。
車の中でずっと子だぬきたちはどんな生活をしているのかと子供たちと話し続けました。娘はスマホにうまく写真が撮れなかったらしくがっかりしていました。今度動物園にたぬきを見に行こうと約束し、私はとても癒された気分でした。